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Kyoto,2013.01.01.

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明けまして新年、おめでとうございまする。

実にもう時折偶にの単なる告知掲示の板と化しました此処ちゅうり亭日常、新しい年を迎えてふと見ればそれでも訪れてくださった方の居らぬでもなく、恐縮至極平身低頭感謝感激雨霰。

平穏無事に昨年の背を見送りまして迎えましたる本年元旦、昨夜の内に怠りなく御近所北野の天神様にお詣りと云えぬ冷やかしで既に当たる罰、すらもその脚で向かう最近の鐘の除夜に祓って昼の日中を寝正月、雑煮と餅とで腹を拵え湯浴みも済ませて夕餉を待つか待たぬかに酒を注しては肴を突ついて先程またも被る布団、

どうもどうもいやどうも
いつぞやいろいろこのたびはまた
まあまひとつまあひとつ
そんなわけでなにぶんよろしく
なにのほうはいずれなにして
そのせつよろしくいやどうも

   (ごあいさつ/谷川俊太郎)


2012/京都より愛を込めて

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年中行事や記念日の類に頓着しない家庭に育ったおかげで年が改まったところでさしたる感慨も持たない一月二日、それでも出来合いとはいえ御節料理の体をなしたあれこれを肴に少々の日本酒を口にすれば鹿苑寺の鐘の音も平静より心なしか華やいで聞こえてこないものでもなく、元旦早々風邪をこじらせ伏せっている老母を気遣いつつではあるものの家事のいちいちに覚束ない老父に付き合った恰好ながら正午すら待つことなく低迷もとい酩酊の気分、あくまで気分、だらしなく午睡に費やした半日を経て昨年は何をした何処へ行ったと思い返しここへ記す夜にしてしまえば時間も字数も埋まりはしようが回顧するなら年末の内が花であったろう、寧ろ始まった一年に展望を巡らすを以て新年らしい記事をとこうして書きながらたった今思い到ってみたところで精々安寧安楽無病息災平穏無事を祈る程度の平々凡々、内容と云うに足る内容もないままに、かつてのような日々更新の展望ばかりは持てないままに、昨年末に訪れた厳島神社の、と言ってしまえば確かにそうと見えぬこともない縮小模型の写真を添えて正月の目出度さを雰囲気だけは演出したと己のみの納得、ちゅうり亭日常相変わらずの更新停滞を予感しながら2012年、京都より愛を込めて。

春の宴

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ここ京都にいては東日本の一連が文字通り何処吹く風と言ってはあまりに言葉が過ぎようし最早吹き渡る風だけの問題事態とは言えないのではあるけれど日々肌を撫でる薫風に季節はどうにも春、平野神社に例年と変わらぬ出店屋台を眺めれば麗らか長閑にふと穏やかな心持ち、果たして昼日中に酒を喰らうではもちろんないが満開間近見頃の桜を右に左に流す参道、車座の学生諸君の賑わしさ或いは家族連れまたは恋人同士の笑み交わす様子などに日常の有り難さもひとしお、東京と話すに深まるは飛び交う情報風説の真偽も定かでなく公すらいや公こそ信をおくにあたわず大切な人を世界を守るに恃むは己、人間の善とその大小を計るものとてあらねども為すべきを為す勇気等々、内にいくつもの葛藤矛盾を抱えつつうたかたを夢とも幻ともせず儚さ脆さもまた愚かさも受け入れてなお斜に構えず世も捨てず、爛漫の春は春として、浮き世は憂き世も美文気取りの乱文に洒落と決めつけ今日只今そして明日、迎える瞬間々々の次々を生きる、活きる、桜の咲く、散る、風に舞う花弁の行方を追う、追いかける。

散策一景

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本満寺では枝垂桜が今を盛り。本堂前では観光客相手にご住職らしきサングラスの坊さんが法話、というより生臭説教。

春よ春よと京都を歩くその徒然。



母の日なので

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北大路VIVREの特設コーナーに子供たちが描いたお母さんの似顔絵が二才児による線描のみの、顔の形をなさないシュールな作から小学生のやたらと上手でリアルな作までずらり。

ちょうど就学直前から小学校低学年くらいまでの少年、何故だか少女ではなく少年が描いたものに素敵な作が多いような。対象を見る目が出来上がって且つ描画に形の束縛がない。ひとつまたひとつと眺めてはつい頬が緩む。

天才的な色使い、先入観のない輪郭線。無垢な精神。単純に絵画として面白いけれど、何よりもそこに表れている子供と母親の蜜月。幸せだなあこれ。目が潤んでしまうくらいに。



お母さん。体現された幸福。


忙しない週末

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遺品を整理する段になって大叔母所有のものと彼女の養父であった熊雄さん本来所有のものとに分ける必要が新たに発生、昨日からちょいと家の中で忙しい。

近々大叔母の分骨先である大野家の主筋が熊本から入洛、また家裁での遺言書検認が今月某日に決定、さらに急遽東京での用事を来月再来月に予定、それらに絡み変動する諸事計画、、、

いつの間にやら汗と埃にまみれたうえに肩が痛いし腰も痛む、昨夜は再び金閣寺湯に身体を伸ばして一時の愉楽。

さて本日もまだ残作業、明日には一応の目処を目指して。

小さな公園で

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古びたベンチに腰掛けていた二人。

互いに遠慮がちな様子。


春は何処へ行った

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わあ寒いとかこりゃ暖かいとか気候の二転三転に対応しかねているうちに春が通り過ぎて行ったとしか思えない、打ち続きそうな夏の陽気。外を歩くにTシャツ一枚。

昨夜あたりも気温は高く炭火の焼肉にビールは当然としても口直しを兼ねて〆には抹茶のアイスクリーム、この冷たさと渋みが欲しくなるなどこれが春とは嘘のような五月。

今日は午後、笊蕎麦を食べた外から帰って水でも打とうとホース片手に庭を見やれば葉陰から舞い出るアゲハチョウ、羽ばたく様が熱気に負けて肩で息をするかの如く見えるし飛沫のあとに虹が立てばこれもまた真夏の風情、サンダル履きで軒下から見上げる空に目を細める眩しさ。聞こえて来そうな蝉の声。

はたまた足下、テラスとは名ばかりのコンクリートの打ちっ放しに影を落とすか落とさぬか、クレマチスの咲くを眺めれば季節は確かにまだ夏を先。八弁の風車に零れる陽射しは影を含んで幾らかの涼しさ。

門前にも水を打たんと出てみる夕方、しかしアスファルトの照り返しがまだまだ。夕食に冷えたビールと冷やし中華を思いながら、果たして春は何処へ行った、と。

中空に忍者の滑る

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昨日太秦映画村を訪れたは親戚のいる京都へ遊びに来ていた高校部活の後輩母子からお誘いを頂いたによる。彼女の仕事との絡みから無料チケットを出しても頂ける幸運。半日の観光客気分。

今やすっかり名の売れた斬られ役福本清三氏の時代劇ショーなど黒山の人だかり、芝居小屋中村座では大江戸大道芸南京玉簾に満席の賑わい、オープンセットには雑踏に舞うか砂埃、残念ながらスタズオ(小学一年生訛り)に実際の収録こそ行われてはいなかったけれどさすがに連休中の人出であって、しかしこういうところに閑散とされていてはそれもまた淋しいもの、少年の手を引き肩車をし中空に忍びの技を見上げ、休日の親子気取りもまた愉快。

もちろん夏日のこととて少年にはかき氷我々にはビールの既にして午後、夕食に入った鮨屋でさらに日本酒、実のところ顔を合わせるのはかれこれ15年振りかという互いであって話は弾み酒杯は尽きず酌み交わされて何とも気持ちよく酔いご機嫌に更けるこの一夜。

ところで蛇足、いや蛇足と言っては失礼だろう、たまたま鮨屋に出くわしたにしやさんの常連氏からこちらの卓に供された地酒も美味しく有り難く。O住さんに感謝。

感謝を言うなら何よりこの日を遊んでくれた母まいと、少年タイキ、家族気分と父親気分をありがとう!

廻船問屋と怪獣と少年

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太秦映画村の少年は過去で未来と遭遇した。


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